祖父の遺言

遺言を残され、もうかれこれ6年ほど経ちます。
私のおじいちゃんは70歳でこの世を去りました。
とても仲が良かったので、とても悲しみました。葬儀も家族のみでする予定でしたが、次から次へと親族がやってきました。
それだけ慕われていたようです。
あまりお話し上手ではないけれど、寡黙で威圧感があるのではなく、ただのほほんとしたおじいちゃんでした。
野球がすきで、鉄棒が得意で、仕事はずっとトラックドライバーをしていました。
多くの人に囲まれてあの世へ逝きました。
長いこと闘病生活が続いてたにも関わらず、お見舞いへ行くと明るく振る舞っていました。
お見舞いから帰る時は必ず、いいよっと言っているのにナースステーションこっそり通り過ぎ、1階の受付カウンターまで「気をつけて帰りね、家族仲良くね」と送り出してくれる、そんなおじいちゃんでした。
そんなおじいちゃんも闘病生活が長くなるにつれ、精神的に病んでいきました。
元気だったおじいちゃんは居なくなってしまいました。
変わり果てたおじいちゃんをしばらく見守って、あとは黙って帰るようなお見舞いが続き、余命わずかとなった頃のことです。
遺言をそっと託されました。ほんの一言なのにそれは、とても深く心に刻まれた言葉です。
たった一言、「家族円満に。」当時、介護疲れの祖母に反抗期の弟と反抗期に疲れた母、仕事に奔走する父、病気を患った私、家庭は崩壊寸前でした。
おじいちゃんは長いこと入院生活が続いて、家の中のことなんて忘れていると思っていました。
けれど、いつも家族のことを思っていたようでした。
のほほんとしたおじいちゃんが、家族円満をすごく保ってくれていたことに気づきました。
たった一言、なのにいろんなことを考えさせられました。
私にとってこの遺言は重くのしかかることもあります。呪縛のように感じることもありました。
でも、おじいちゃんは、ただただ家のことをいつも思って心配をしていたのだと知ったとき、改めてこの遺言を受け入れて生きていくことができました。

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